「正常に生まれ、その後体重も順調に増え、運動発達も問題ありません。しかし9ヶ月の検診で、 顔色が悪いことを指摘され採血したところ、鉄欠乏性貧血と言われました。母乳栄養が原因なのでしょうか?」 このような質問を時々受けます。
生後6ヶ月から離乳が完了する時期には貧血が起こりやすくなります。そのほとんどが鉄欠乏性貧血です。 生後6ヶ月頃になると、胎児期からの貯蓄鉄が少なくなります。一方、この時期の急速な成長に伴う血液量の 増加に対し、赤血球を大きくするのに十分な鉄を必要とします。乳児期には1日5㎎の鉄が必要とされています。 母乳中には、鉄はミルクに比べ少ない量しか入っていません(母乳…1~1.5㎎/ℓ、ミルク…6.5~9㎎/ℓ、牛乳…0.5㎎/ℓ)。 そのため乳児期の鉄欠乏性貧血は、完全母乳育児のためと誤解されることがあります。
母乳中の鉄は、その49%が吸収され利用されるのに対し、ミルク中の鉄は10%しか吸収、利用されません。 このため母乳とミルクの成分だけをみると母乳の鉄が少ないために、ミルクの方がよく見えてしまいますが、 実際には母乳は少ない鉄を無駄なく利用しているため母乳栄養だからといって貧血になることはありません。 しかしこの時期の多くの赤ちゃんが、潜在的な慢性の鉄欠乏状態にあるともいえそうです。
治療を必要とするような場合、母乳や離乳食とは関係なく、妊娠後期の母親から胎児への鉄の供給に問題が あることが指摘されています。妊娠末期にお母さんから赤ちゃんにたくさんの鉄が送られ、これが生後6~9ヶ月まで の必要な鉄分(貯蔵鉄)となります。赤ちゃんが早く生まれたときや胎盤の働きに障害があったとき(妊娠高血圧、 母体糖尿病、胎児発育不全など)鉄の移行が十分ではありません。このような原因がなくともなんらかの理由で貯蔵鉄 が不足していることが、乳児期後期の鉄欠乏性貧血の主な原因と考えられています。離乳食を早く始めても、早期離乳食の 内容からほとんど鉄分を摂取することはできず、貧血の改善にはなりません。3回食になってようやく少しの鉄分が摂取 できるようになりますが、それでも十分ではありません。遊び食いの時期でもあり、親が期待するほど食べてはくれません。 多くが貧血があっても元気で具合が悪いわけではありません。離乳食が進むのを待っていると次第に改善することが多いの ですが、貧血があまりひどくなると、身体の成長さらに最近、精神発達にも影響が及ぶことが指摘されています。
鉄剤(シロップ)を飲ませる基準はヘモグロビン値9㎎/dl以下を参考とします。 飲ませることで貧血はすぐ改善しますが、貯蔵鉄の分を考慮し、3ヶ月くらいを目処に服用してもらいます。鉄剤を飲ませながら母乳を 止めることなく母乳育児を楽しんでください。
実際、貧血はかなりひどくならないと症状が出ることはありません。検査をしてみないとその程度を正確に 知ることは困難です。採血するだけの簡単な検査ですから顔色など気になる場合は、検査することをお勧めします。